「自分と同じ熱量の人が同じ世界に生きている」というお話

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この世界にはたくさんの人が生きています。

けれども、

実際は皆がおなじ世界に存在しているわけではなく、実は生きているこの世界で出会えるのは自分と同じ熱量を持った人だけなのだそうです。

熱量というのは、その人の人生に向き合う姿勢であったりひたむきさであったり、それはいくつかの意味が含まれていると思います。

熱というのは、エネルギーでもあるし一生懸命さのようなものかもしれません。

生まれてから死ぬまで出会える人の数って、存在している人の数からしたらほんのほんのほんの一部にすぎないですよね。しかも出会える人は全部自分で選べるわけでもなく、単なる偶然で出会っているのだとほとんどの人が思っています。私も、出会う人がすべて偶然ではないにしても偶然であるような人がほとんどだと思っていました。

だって、全部が必然のようには思えなかったから。

出会ってもすぐに合わなくなったり、通りすがりのような人もいるわけだし。

尊敬しているある方がおっしゃっていたことですが、

「人は自分と同じ熱量の人に惹かれる」

のだそうです。

一生懸命生きている人は、同じように一生懸命生きている人に惹かれるし、出会うことができる。

人は皆同じひとつの世界に生きているようで、実は同じ場所にいたとしても熱量が違いすぎる人同士はお互いが反応しないのだという。

そういわれてみると、なんだか分かる気もする。

きっと今、自分の周囲にいる人を見渡せば、自分の位置というか自分の在り方そのものが分かるのでしょうね。

ちょっと怖いハナシだけど、

「人は鏡」だというのは本当なんでしょうね。

熱量の話でいうと、人が持つ熱量というのは人にそのまま伝わるものですね。

この前、あまりに腰が痛いので格安のマッサージに行ったんですが、正直格安なので期待はしていませんでした。なんとなく「ほぐれたわ~」と思えたらいいかなと思っていたので。

施術してくれたのはまだセラピスト歴1年の若い人だったんですが、最初の一押しでかなり上手なんだと分かりました。技術云々は私には正直ちゃんと分からないけど、たしかに凝っているところをピンポイントで押してくれるし、ヒアリングをしながら丁度良い力加減でそんなに無駄話をすることもなく施術してくれる。

確実にお客である私の身体を良くしようという気持ちみたいなのがじわじわと伝わるんですよね。

あれって本当に不思議だけれど、たしかにそういうのって分かる。

まあこれは「自分との相性」のようなものもあるかなとは思うけれど。

今までマッサージには色んな所へ行ったことがあるけれど、ベテランぽい人で全然やん!とツッコミたくなる人もけっこういました。

それもやっぱり熱量が無関係ではないはず。

言葉や目に見えるもの以外で伝わることとか、何か人の内側のものが自然に伝わるとうことを実感したなあ。

というお話でした^^;

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