「悟りの窓・迷いの窓」から考えたこと

これは大好きな場所、京都の鷹峯源光庵の『悟りの窓・迷いの窓』です。

https://genkouan.or.jp/

ここは何度も訪れていますが、何度いってもいつ行っても妙に落ち着く場所です。

今は改修工事中?かなにかで拝観できないようなんですが、紅葉の季節に今年も行けたらいいのになあ。

以前、ある講習を受講した時にその講師の方がおっしゃっていたのですが、人は生まれたその瞬間から自己表現をしているらしいんですね。

オギャーと生まれたその泣き方からその後の様子、生ま出てくる時の様子などすべてがその人の個性そのものをあらわしていると。

それを聞いた時、自分の実体験からも「おお!!」とかなりしっくりきたというか、その通りだと妙に納得してしまいました。

長女が生まれた時も、長男が生まれた時も、まさに生まれ方から生まれた直後の様子まで今の性格そのものなんですよね。

のんびりやで怖がりな長女はなかなか出てこなくて難産だったし、せっかちで行動派な長男は予定よりも早めにスルリと出てきました。生まれてからのささいなことも、考えてみればこの子だからこういう表現になっていたんだなというところばかりで、なんだか面白いなあと。

人は生まれた時からそれぞれにちゃんと別の個性を持っていて、親の遺伝や環境によって変化していく部分もあれど、やっぱり唯一無二の存在なんだなあと思いました。

だから、やっぱり自分のことをよく知って、自分に正直に自分に合った生き方をしていくことって大切なんですよねきっと。

生きれば生きる程知恵もつき、いろんなしがらみのようなものが増え、なんだかよくわからないものにがんじがらめになってしまうけれど、最終的にやっぱり自分の心の声をよく聴いて生きていくというのは大切なのかもしれません。

迷い悩み、苦しんでもいい。

何度も道を間違ってもいい。

一生懸命であればあるほど、試行錯誤すればするほどそうなってしまうのは仕方ないし、そんな悩み苦しむ経験をしたからこそこれまで知らなかった未知の自分に出会えるのかもしれない。

それって、とても人間らしい自然な姿だと思う。

いつも正しいことを言っているのが良いというわけでもなく、人から称賛されるために必死にならなくてもいい。

「まあいいや」と自分も他人も許せる「いいかげんさ」が本当に大事な時だってある。

時代によっても「正しいこと」は変わっていくし、ひとつのことを違う角度から見たら真逆の真実が見えることもあったりする。

自分の考えが常に絶対正しいと思い込んでいる人をみると、正直本当に怖いなと感じることがあります。

しばらく会えていない友人に会いたいなあ~。

とここまで書いて、なぜかふとそう思いました。

色んなことがあるけれど、皆さんはお元気でしょうか?

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